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 アーサナの名称の表記について

 現在ヨーガといいますとまず思い浮かべるのがさまざまなポーズをとるハタヨーガですが、そのポーズの名前は、そのポーズに特有の名前と、その後に「アーサナ」をつけて、「・・・アーサナ」と呼ぶのが一般的です。例えば、「パドマ・アーサナ」とかですね。

 この正式なサンスクリットの発音、表記は、パドマーサナ」と続けるのが正しい発音と表記です。これについて簡単に解説してみます。

 これはサンスクリットに特徴的な文法規則なのですが、名詞と名詞など、単語をつなげて書き、また発音する習慣があります。例えば、ヨーガ・スートラなどもこのように書かれています。

yamaniyamaasanapraaNaayaamapratyaahaaradhaaraNaa- dhyaanasamaadhayo’STaavaGgaani 「ヨーガ・スートラ 2:29」

 ここではローマ字表記をしてありますが、書籍では、デーヴァナーガリー文字を使って表記してあります。この文は10の単語で構成されているのですが、それが全部ひとつにつなげて書いてあるのです! 「なんじゃこりゃ? どこで単語が切れるの?? 全体がひとつの単語???」という印象ですね。

 この単語と単語をつないで表記と発音を変える方法は、一定の規則があるのですが、それを知らないと、また時に規則を知っていてさえも、単語がどこで切れるのか、を探すのがまず一苦労なのです。これがサンスクリットを学ぶ上でのひとつの関門と言っていいのですが、これがわからないと辞書ひとつ引くことができないわけです・・・ もちろん、全ての単語がこのようにつなげて書いてあるわけではなく、分かれているところは分かれて書いてありますので、どうぞご安心ください(?)

 さて、件の「パドマ・アーサナ」につきましても、この規則にしたがって、「パドマ」と「アーサナ」がつながります。

 具体的に書きますと、二つの単語をローマ字に表しますと、「padma」と「aasana」で、「padma」の最後の「a」と、「aasana」の初めの「aa」、カタカナで解りやすく書きますと「パドマ」の最後の母音の「ア」と「アーサナ」の初めの「アー」がくっつきます。

 そして、先ほど書きました、くっつき方の規則では、「ア」と「ア」がくっつくと「アー」と長くなる、という規則があります。
 (また「ア」と「アー」、または「アー」と「ア」さらに「アー」と「アー」がくっついても、「ア」ふたつ分の「アー」になります。3つ分、4つ分にはなりません。
この場合の音は「ア」と「ア」ですので、比較的簡単なつながりなのですが、別の音同士のつながりになりますと、また違った音が生じてきます。これらにつきましては、一覧表を作りつつ、おいおい解説していく予定です。)

 ですので、「パドマ・アーサナ」でも先に書きましたように、「パドマーサナ」と書き、発音するのが、サンスクリットでは正しい方法なのです。

 ただ、表記する場合には、わかりやすく、「パドマ・アーサナ」と分けて書くことは構わないと思います。でも、おそらくヨーガの本を書いている方でも、このことをご存じなくて書いていらっしゃる方が多いかと思います。ご存知で分けて書くのと、ご存じなくて無意識で書いているのとでは、見た目は同じかも知れませんが、中身は全く違うものと思います。

 このサイトでは、ヨーガをなさっている方にサンスクリットの概略をおつかみいただくことが目標のひとつでもありますので、このような解説を少しずつ、できるだけわかりやすくお読みいただけるように、工夫して載せていきたいと考えています。

 

2007/05/20(日) 03:15

ヨーガ関連 用語辞典

(この文章をサンスクリット部分の音声付きでご覧いただくこともできます。
音声を併せてご利用になりたい方は、音声ブログの方へどうぞ)

「アーサナ」

◆ サンスクリット aasana  読み アーサナ

 ヨーガのいわゆるポーズのことをこう呼びます。元々は
√aas 座る、とどまる、止まる、続ける、邪魔されずに何かをする、
などを意味する動詞から来ています。
(√ は動詞の語根を表す記号です。語の根っこなのでルートの記号を使うのです)

 よくヨーガの本を見ますと「アサナ」と書いてある本が多いですが、サンスクリット式では「アーサナ」が正しい表記、読み方です。

 「ヨーガ・スートラ」では、ヨーガ・スートラが規定した、ヨーガの八支のうち、3番目にこの「アーサナ」を位置づけています。

yamaniyamaasanapraaNaayaamapratyaahaaradhaaraNaa-dhyaanasamaadhayo’STaavaGgaani  「ヨーガ・スートラ 2:29」

「ヤマ、ニヤマ、アーサナ、プラーナーヤーマ、プラティヤーハーラ、
ダーラナー、ディヤーナ、サマーディ、が8つの区分である。」
(ヨーガの八支につきましては、長くなりますので別項で詳しく解説する予定です・・・)

 「ヨーガ・スートラ」の時代には、まだ現在のようなさまざまなポーズをとるハタ・ヨーガは発達していないと考えられますので、この場合の「アーサナ」は元の意味の「座ること」に近い、現在で言うパドマーサナなどシンプルな座法を指すのではないかと思います。ただ、現在のような多様なポーズの意味での「アーサナ」と当てはめて考えてもしっくりとくるものです。

 参考

 sthirasukhamaasanam  「ヨーガ・スートラ 2:46」

 単語の切れ目 sthira - sukham - aasanam

 便宜的な読み 「スティ’ラ スカ’マーサナム」
( ’ の記号は強く息を出す有気音を表します(私の考えた表記法です・・・))

 各単語の意味

 sthira  堅固な、固い、固体の、硬直した、強い、不動の、安定した、など
 sukham  快い、楽しい、
 aasanam  アーサナ

 全体の意味

    ・堅固で、 
        ・不動で、  > 快適な 状態が アーサナである。
    ・安定し、

または アーサナは、堅固で、快適である(必要がある)。

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Changed at 2007/05/19(土) 18:30

 サンスクリットを学ぶ方法論はいろいろあるかと思いますが、「実用」を標榜するこのサイトでは、やはりあまり細かい文法規則の学習よりも、実地に読んでいく方法を推進したいと思っています。それについて、参考になるのは、トロイやミケーネの遺跡の発掘をし、その実在を証明した、シュリーマンの言葉です。彼は独自の方法で数ヶ国語をとても短期間の内に身につけましたが、元々の志である古代ギリシア語の習得に最も力を注いでいます。古代ギリシア語はサンスクリットと語族を同じにし、文法的な共通点も多いようです。少し長くなりますが、彼の言葉を直接伺ってみましょう。

「(前略) この場合にも私は辞書をひくために、ただの一分間も失ったことはなかった。こうして私は六か月という短時日のあいだに、現代ギリシア語の困難さを克服した。ついで私は古代ギリシア語の勉強をはじめたが、それについては三か月で二、三の古典作家、ことに私が最大の感激をもってくり返し読んだホメロスを解することができた。

 さて、私は二か年にわたって、ひたすら古代ギリシア文学に専心して、この時日の間にほとんどすべての古代古典作家をざっと読んだが、イリアスとオディッセイアとはいく度も通読した。

ギリシア語文法といえば、私はただ名詞変化と規則動詞と不規則動詞を学んだだけであって、貴重な時間の一瞬も、文法上の規則の勉強のためについやさなかった。そのわけは、ギムナジウムの八か年を通じて、たしかに時にはさらに長く、たいくつな文法上の規則に苦しめられいじめられたすべての若者のうちで、ただの一人も一見して明らかな数百の誤りをおかすことなしに、一通のギリシア語の手紙も書くことができないことを私は知っていたから、私は学校でとられている方法はまったく誤っていると、かたく信じなければならなかったからである。

私の見解では、ギリシア語文法の基礎的知識はただ実地によってのみ、わがものとすることができるのである。私はこの最も簡単な方法によったために、古代ギリシア語をまるで現行語のようにおぼえた。こうして実際に私はそれをまったくりゅうちょうに書き、またどのような題目についてもやすやすと話し、またいつまでもこの言葉を忘れることはない。

私はそれが文法書に記入してあるか、否かは知らないにしても、どのような文法の規則も知っている、そしてだれかが私のギリシア語の文章の誤りを発見するとしても、私もいつでもその表現方法が正確である証拠を、私が使った言い回しの出所を、古典作家から人に暗誦してみせることによって、しめすことができると思う。」(「古代への情熱 −シュリーマン自伝−」 シュリーマン著 村田数之亮訳 岩波文庫)

いかがでしょうか。上の「ギリシア語」を「サンスクリット」に置き換えて読むと、全く同じように捉えることができます。このサイトで推進したいのも全くこの方法なのです。そして、その文法事項を実地に身につける題材として、「ギーター」を使うのです。

 私自身の経験でもそうです。意味がわからないうちからも「ギーター」を詠んで、自然に口から出てくるようになっていると、文法の理解が進んだときに、頭の中にある「ギーター」の文章が、文法事項を教えてくれるような感覚が生じるのです。これがシュリーマンの言う、古代語を、現行語のように学ぶ、実地に学ぶ、ということだと思います。

 ですので、このサイトで用いる方法は、サンスクリットで「ギーター」を読む、という面と、「ギーター」でサンスクリットを学ぶ、という一挙両得を狙った凄い(笑)方法なのです。

 前置きが長く、なかなかシステムが出てきませんが(笑)、もうしばらくお待ちください。もう少しで開陳いたしますので。

 

 

Changed at 2007/05/14(月) 09:04

 現在の日本で、「yoga」を表す語は、「ヨガ」と「ヨーガ」、ふたつが混同して用いられているようです。
これについて、なぜ同じ「yoga」にふたつの呼び方があるのか、疑問を持たれたことがある方もいらっしゃるかと思いますので、ここで、ホームページ開設のご挨拶代わりに、私がこの問題に快刀乱麻を断つが如く(笑)、学術的に(?)はっきりとお答えさせていただきましょう!

 「yoga」はご存知のようにインドが発祥の地で、「yoga」という言葉は、インドの一言語であるサンスクリットの単語です。そのサンスクリットの母音のうち、「e」と「o」には長母音、すなわち「エー」「オー」と伸ばす音しか存在しない、言い換えれば「エ」「オ」という短い母音の音は存在しないのです(ちなみに、「a」「i」「u」には短い音、長い音、両方があります)。ですからサンスクリットにおいて、「e」と「o」という文字があったら、それは常に「エー」「オー」と伸ばして発音するのです。ですので、「yoga」という単語も、「o」は「オー」となり、「ヨーガ」と読むのが、サンスクリットの発音からすれば正しい、と言えるのです。

 発音なんかどちらでもいいという方、またはこのことをご存じなくて「ヨガ」と使っていらっしゃる関係者さんは問題外として(笑)、「ヨガ」派のご意見として次のようなものがあります。

 「私はヨーガという言い方はあまりしない。正しくはヨーガであるが、日本に定着するときに外来語は日本的外来語に変形せられるのがあたりまえだと思うからだ。コーヒーを注文するのに「カフィ」とやる人は、よほどの気障でない限り、まずいまい。」(「ヨガ再編」 岡島治夫 田畑書店 1979年4月15日 初版)

 「ヨーガ」と呼ぶことが気障にあたるかどうかはわかりませんが、一理ある考え方と思います。
 実は、ヨーガは古くから中国語に翻訳された仏教の経典を通して日本にも入ってきており、それを漢字で「瑜伽」と表しています。すなわち「ユガ」ですね。ですから、日本の伝統的には「ヨガ」の方が発音が近い、とも言えるのです。

 では、「ヨーガ」派のご意見を伺ってみましょう。少し長くなりますが、引用してみます。

 「(前略) ここでまず私はヨーガという言葉について少しお話させていただきます。みなさんのなかには、「お前は学者だから言葉にこだわるのだろうが言葉なんてどうでもいい」と思う人がおられるかもしれませんが、それはまちがっています。 ヨーガは、インドでは必ずヨの音を長く伸ばしてヨーガと言い、決してヨガとはいいません。私だけがヨーガと言っているのではなく、インドの研究家はみんなヨーガという言葉を使っています。 (中略)
 ヨーガはインドで何千年も前から始まっている非常に偉大な行法です。このインドの伝統的なヨーガを、日本にいる我々の生活の中に一番いい方法で取り入れていこうというのが我々の考えですから、インドの伝統から離れてヨーガは存在しません。私がヨガと言わずにヨーガと言うのはこのためです。」(「般若心経の真実」 佐保田鶴治 人文書院 1982年6月10日 初版)

 う〜ん、こちらも説得力のあるお言葉ですね(笑)。
このように、「ヨガ」と呼ぶ方は、「ヨーガ」がサンスクリットの正式とご存じない方、またはどうでもいい方(笑)か、ご存知で、かつご自分のお考えで「ヨガ」と呼ばれる方とがいらっしゃり、「ヨーガ」と呼ぶ方は、インドの伝統、またはサンスクリットの発音を意識して、「ヨーガ」と呼ばれていることがわかります。

 これが現在の日本で「ヨガ」と「ヨーガ」と二つの呼び名がある由縁です。
 いかがでしょうか?これで長年の謎が解けましたでしょうか?(笑) 

 では、この点に関して私の立場はといいますと、私は基本的に、別にどちらでもいい、というものぐさ人間です(笑)。どちらのご意見にも一理がありますので、その方のお考えを尊重させていただきたいと思っています。「ヨガ」と話したり書いたりする方に、「「ヨーガ」がサンスクリットでは正しいんですよ。」などと野暮でスノッブな(笑)ことは言わないつもりです。

 ただ、私自身はサンスクリットを学んでいる者ですので、サンスクリットを学んだ者には、やはり「ヨガ」と呼ぶのは抵抗感があります。「o」の場合は長い音しかないですので、「オ」か「オー」かでの違いによる誤りは少ないと言えますが、先ほど述べましたように短い、長いが両方ある、「a」「i」「u」では、どちらを使うかによって、単語の意味が違うことがほとんどで、短いか長いかで全く反対の意味になってしまう場合もあります。「オ」か「オー」か、どちらでもよい、ということになってしまいますと、「ア」と「アー」もどちらでもよい、ということになり、サンスクリットの音韻、意味の体系を全く無視することになってしまって、ヨーガについて、またサンスクリットについて何も語ることができなくなってしまいます。

 日本語でもありますよね。

 「私の彼は、‘オージー’なんです〜っ!」が
 「私の彼は、‘おじ’なんです〜っ!」だったら困りますよね(笑 ちょっと例が苦しいかな? 笑いを取ろうとして無理しました・・・(笑))

 それに、日本にも「言霊」といって言葉が持つ力に対する信仰がありますが、サンスクリットも同様で、マントラに代表されるように、音の響きにも聖性があると考えられています。ですので、その聖性を損なわずに、また充分に味わい享受する点でも、元のサンスクリット式に「ヨーガ」という発音、表記の方が良いのではないか、というのが私の意見です。

 実際に「ヨガ」と「ヨーガ」を両方発音なさってみてください。「ヨガ」ですと、なんとなく硬いような、突き放したような、そっけないものを感じませんか?「ヨーガ」ですと、「オー」の母音が柔かく、優しく響き、癒し系の(?)響きを感じるのは私だけでしょうか??

 もしかしますと「ヨーガ」という言葉自体がひとつのマントラの作用を持っているかもしれません
 もういちど「ヨガ」と発音なさってみてください。「ヨガ」ですと、口先、ノドの部分での軽い発声だけで済んでしまいますね。それが「ヨーガ」ですと、「オー」の音がノドからさらに下へ行き、お腹が動き、音が胴体全体に響くような感覚がありませんか?「マントラ・ヨーガ」という分野もありますように、音の響きによって一定の精神、肉体的な作用を狙いますので、やはり音が違うと作用、効果も違ったものになる、と言っても過言ではないと思います。

 このように、「ヨガ」と「ヨーガ」では、体に対する響きも違うようです。ということは、言うたびに何か違った心理的、深層心理的、生理的作用を及ぼしていることにもなるかもしれません。案外、この「ヨガ」と「ヨーガ」の違いは、とても深い問題をはらんだものかもしれませんよ。
 
 このように体への響き、また心理学、生理学的な観点から、「ヨガ」と「ヨーガ」の違いを論じたものはなかったのではないでしょうか?? のっけからお役立ち情報満開で展開させていただきました(笑)。

 現在ブームに乗ってヨーガの本がたくさん出ていますが、今まで述べましたように、ご自分のお好みや流派の関係で「ヨガ」と名乗るか、「ヨーガ」と名乗るかはそれぞれのご自由と思いますが、ヨーガについての著作を書くぐらいの方でしたら、せめて少しのサンスクリットの基礎ぐらいは学んでいただき、今まで述べたように、単語ひとつとっても多大な課題、問題を含んでいることを意識した上で情報を発信していただきたい、というのがサンスクリットをかじった私の願いでもあります。

 先ほどの岡島さんのように、ご存知の上で「ヨガ」と呼ぶのはひとつの見識と思いますが、全く無意識でヨーガの用語をお使いになられるのは、やはり情報を発信する立場の方として不勉強の謗りを免れないのじゃないかな、と思います。例えば、「ヨーガ」という単語だけでなく、ハタ・ヨーガのポーズの名前でも、先のような短い母音と長い母音を全くメチャクチャに表記している本がかなり見受けられます。それを見るだけで、私にはその本は著者さんの不勉強を露呈してしまっているように感じて、その表記だけでも、本の中身もどうなのかな、と疑問を持ってしまいます・・・

 しかぁ〜〜しっ!今まで不勉強だった関係者の方もどうぞご安心ください(笑)。そんな方に少しでもサンスクリットの概要を身につけていただくために、このサイトは存在するのですから! 現在ヨーガをご指導なさっている方も、どうぞこっそりとアンチョコ代わりにお使いになってください(笑)。 かならずやお役に立てる情報があるかと思います。

 ちょっと棘のある表現もしてしまったかもしれませんが、サンスクリットを愛するもののうわ言(?)として大目に見てやってください。

 ご挨拶代わりのエッセイ、いかがでしたでしょうか?こんなように斬新なお役立ち満開で(笑)、硬軟取り混ぜてサイトを展開していく所存です。楽しく、かつ実際のお役に立てるような、内容を目指しますので、どうぞよろしくお願いいたします。

Changed at 2007/05/03(木) 09:50

 まだページの体裁、内容ともに全く整っていませんが、すでに幾名さまのアクセスをいただいているようです。ご覧いただき真にありがとうございます。

 自己紹介を兼ねまして、私のサンスクリット歴などを書かせていただきたいと思います。

 私のサンスクリット歴は、現在10年とちょっと、というところでしょうか。この間一途にサンスクリットに触れていたわけではありませんので、実質はだいぶ減る(笑)とも言えます。

 私がサンスクリットの学習を始めたのは、古書店にてあるサンスクリット文献と出会い、その翻訳を志したときからでした。当時はまだ学生で(あ、今の歳がばれますね(笑))、自分の方向性を探していて、偶然その文献と出会い、これを訳すことを自分のライフワークにしたい、とその一瞬で決めてしまったのです(若気の至り?)。それからさまざまな文献を集めては、ほとんど独学で学習してきました。そして、現在はサンスクリットと直接は関係ないですが、その時の出会いと密接した分野での仕事を持ち、その時間の合間に、当時の志である、文献の翻訳をほぼ毎日(たまに怠けて(笑))、続けています。

 私自身の実力もそんなに大したものでもないのにこのようなサイトを立ち上げるのはとても面映いような気もしますが、今までサンスクリットを学んでくる中で、多くの教材に触れ、試行錯誤して、ずいぶん回り道をしながら学んできたような気がしますので、自分の学び初めにこんな教材があったらな〜、というような内容のものを、これから学ばれる方にご提供できたら、という思いで始めさせていただきました。

 例えば英語なら、もうありとあらゆる教材が氾濫していますよね。高度なものから低度、あ、いえ高度でないものまで、執筆者の方も、ネイティブに近い、時にはネイティブを超えた学識を持たれる方が執筆されたものから、学生さんが書かれたもの、実力があまりなさそうなのにメルマガで人気を博して大稼ぎをしていそうな方(笑)、などなどいろいろなわけです。それが良いか悪いはご意見の分かれるところでしょうが、それだけ学ぶ際の選択肢は広いわけです。その点、とかくお固く、高尚で、とっつきにくい切り口になりがちなサンスクリットの業界(?)でも、いろんな考えを持ち、いろんなレベル、分野の方がご参入なさって、少しでも活性化してくれないかな、というのが私の考え、願いでもあるのです。

 現在まだいろいろな構想を練っている段階でして、またサイトの方も、より見栄えがよく、使い勝手も良い内容にするために模索中でもありますので、なかなかスムーズにアップが進まないかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。

 現在まだサイトの体裁も整っていませんが、ご意見やお励まし、お問い合わせなどは大歓迎ですので、お気軽にサイトの掲示板、ご連絡欄よりお書き込みをいただけましたら嬉しく思います。できるだけのお返事をこころがけていきたいと思っています。

 とりあえず、今年中にはサイトの骨格、目鼻立ちはつけたいな、と。
 あとはゆっくりと肉付けをしていきたいと思っています。どうぞご期待とご忍耐を(笑)いただけますようよろしくお願いいたします。

Changed at 2007/04/28(土) 20:19
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